金曜夜の脱出劇〜しまなみ海道へのプロローグ、カーフェリーの気ままな夜〜
仕事終わりの高速道路と、出航前の小走り
金曜日の夕方。
仕事をさくっと終わらせ、18時ちょうどに自宅を出発した。
相棒であるOutbackの荷室には、愛車のクロスバイクを積み込んでいる。
いざ、念願のしまなみ海道サイクリングへ。
週末の解放感と明日へのワクワク感に浸りながらアクセルを踏み込むが、無情にも草津JCTから宇治トンネルにかけて赤いテールランプの列が続いている。
「……おいおい、見事に帰宅ラッシュと被っちまったか」。
イライラしても仕方がないと腹を括り、じりじりと進む車列の中で気を長く持つ。
もどかしい時間をやり過ごし、ようやく大阪南港に到着したのは20時30分。
すでに多くの車が駐車スペースに停まっており、乗船手続きを待つ人々の熱気のようなものが辺りに漂っている。


車を停め、少しだけ時間がありそうだったので、近くのコンビニエンスストアへ明日の朝食を買いに走る。
いつ乗船の案内が始まるかわからない。
フェリー旅の始まりは、いつも少しだけ慌ただしい。
小走りで車に戻り、息を整えた。
21時過ぎ、いよいよ乗船開始のアナウンスが響く。
係員の無駄のない誘導に従い、ゆっくりと車を船内の車両甲板へと進める。
ドアを開けると、エンジン熱の、むせ返るような熱気が入り込んできた。
明日から始まるしまなみ海道への期待が、この熱気とともに一気に膨らんでいく。
豪華なロビーと、こじんまりとしたマイルーム
車を停め、手荷物を持って客室エリアへ上がる。
扉を抜けると、そこは別世界だった。
ホテルのような立派な吹き抜けロビーが広がり、豪華な装飾が目を引く。
先ほどの甲板の熱気と喧騒(けんそう)が嘘のようだ。
非日常の空間に、自然と気分が上がるというものだ。
フロントで鍵を受け取り、今夜の寝床へと向かう。
本日の部屋は4階のデラックスシングル。
扉を開けると、そこはこじんまりとしているが、俺だけの快適な城だった。
個室には壁掛けのテレビが備え付けられ、小さな窓がついている。
明日の朝になればここから眩く輝く海が見えるはずだ。
その景色を楽しみにしつつ、ひとまず荷物を下ろした。
混雑は回避。部屋で味わう自由な「船上居酒屋」
一息ついたところで、早速夕食をとることにした。
しかし、3連休前ということもあり、船内はかなりの乗客で賑わっている。
サイクリストらしき人たちの姿もちらほら見かけ、勝手に親近感が湧いてくる。
レストランを覗いてみたが、案の定ひどく混雑していた。
「並んでまで食べるのもな……」とあっさり諦め、売店へと足を向ける。
購入したのは、枝豆、たこ焼き、そしてキンキンに冷えた缶のプレミアムモルツ。
部屋に戻り、一人静かに乾杯する。

プラスチックのパックに入ったタコ焼きは作り置きで温かくはないが、まあいい。
一口放り込み、すかさずビールで流し込む。
チープな味わいが逆にビールを進ませる。
味は思いのほか美味しい。
あっという間にビールが空になり、追加を求めて再び売店へ向かった。
しかし、無情にも閉店しているようで、さっきのお姉さんの姿が見えない。
そういえば、さっき船内放送で閉店案内のアナウンスをしていたような気がする。
諦めかけたその時、売店の横に鎮座する生ビールサーバーが目に留まった。
600円を入れてボタンを押す。
冷たいビールが注がれる音。
いいね、こいつは救世主だ。
ついでに近くの自販機でおつまみラーメンも調達し、ホクホク顔で部屋へ戻る。
静かな船室と、窓に迫る真夜中の大橋
テレビを眺めながら、追加の生ビールを味わう。
冷たい一杯は、一週間の疲れを洗い流してくれるようだ。
少しお腹も満たされたので、夜の船内を探索することにした。
甲板に出ると、夏の夜の海風が心地良い。


遠くには街の明かりが帯のように見えた。
方角からして、神戸あたりだろうか。
部屋に戻り、さっぱりしようと思ったが大浴場は相変わらず人が多そうだ。
「まあ、今夜はこれでいいか」と、部屋の洗面台で熱いお湯を出し、タオルを濡らす。
硬く絞って首筋や腕を拭いていく。
たったこれだけのことだが、想像以上に体がさっぱりした。
気ままな一人旅ならではの、臨機応変な選択だ。
22時30分ころ、ベッドに横になる。
船の振動は思ったよりもずっと少ない。
大型フェリー特有のエンジンの重低音があるかと思っていたが、思いのほか静かだ。
しかし、環境が違うせいか、あるいは明日走るしまなみ海道の青い海を想像する興奮からか、目を閉じてもなかなか眠りにつけない。
ふと、そろそろ明石海峡大橋を通過する時間帯ではないかと思い当たった。
体を起こし、窓の外を覗き込む。
暗闇の中に、ライトアップされた巨大な橋のシルエットが音もなく迫ってきていた。
やがて、船はゆっくりと明石海峡大橋を潜(くぐ)り抜ける。
下から見上げる巨大な人工物と夜空のコントラスト。
なかなか見られない大迫力の景色を、俺は窓枠に寄りかかりながら一人占めした。
時計を見ると、もう23時を過ぎている。
明日の朝は早い。
愛車とともに海を渡る最高のサイクリングに備え、早く起きねばと、再びベッドに潜り込んだ。
心地よい微かな揺れに身を任せながら、俺は静かに目を閉じた。




