散歩

快晴伊賀路、ギシギシ膝の百円漂流

見上げれば、雲ひとつないピーカンだ。 秋晴れという言葉では生ぬるい、突き抜けるような快晴である。 こんな日は家でじっとしていられない。俺は車を走らせ、伊賀へと向かった。

目抜き通りの「銀座駐車場」に車を滑り込ませる。 さあ、歩くぞと意気込んだものの、どうも右膝の調子が芳しくない。ギシギシと錆びついた蝶番のような音が聞こえてきそうだ。 無理は禁物。ここはひとつ、一時間一本勝負と決め込むことにした。この駐車場、一時間ならたったの百円だ。懐にも優しいショート・トリップである。

コースなんぞ決めていない。行き当たりばったりの風任せだ。 秋の日差しが背中に心地よい。 伊賀鉄道の茅町(かやまち)駅をやり過ごし、寺町へ迷い込む。その名の通り、右も左も寺、寺、寺。 白壁の築地塀が延々と続き、まるで異次元の回廊に迷い込んだような錯覚に陥る。人の気配がない静寂。この「置き去りにされた時間」のような感覚が、伊賀の面白さだ。

踏切を渡ると、不意に強烈な「気」に当てられた。 すき焼きの名店「金谷」である。 老舗の貫禄漂う店構え。俺の脳内で、瞬時に霜降り肉が鉄鍋の上で踊りだす。 甘辛い割り下、とろける脂、卵に絡まる至福の瞬間。 ……ごくり、と喉が鳴る。 いつかはこの暖簾をくぐってみたいものだが、今の俺には高嶺の花だ。妄想だけで腹を鳴らし、先へ急ぐ。

再び踏切を越え、今度は「上野天神宮」へ。 菅原道真公を祀るこの神社は、ちょうど七五三のシーズン真っ只中だった。晴れ着姿の子供たちと、それを囲む家族の笑顔。平和そのものの光景に、思わず目尻が下がる。

ふと神社の脇に目をやると、「天神商店街」という古びたアーケードが口を開けていた。 足を踏み入れると、小料理屋やスナックが軒を連ねている。だが、昼日中とあってどこもシャッターを下ろし、ひっそりと静まり返っている。 七五三の喧騒とは対照的な、寂れた路地裏の哀愁。 夜になれば赤提灯が灯り、別の顔を見せるのだろうか。この侘び寂びこそ、散歩の醍醐味だ。

東町本町通へ出ると、それなりに店は開いているが、観光客の姿はまばらだ。 だが、それでいい。いや、それがいい。 観光地化されすぎない、生活の匂いがする町並み。

気づけば小一時間が経っていた。 駐車場に戻り、百円玉一枚をチャリンと支払う。 なんとも言えない充足感。 派手な見世物があるわけじゃない。けれど、この町には独特の風情がある。 何回歩いても飽きが来ない不思議な磁場が、伊賀にはあるのだ。 膝をさすりながら、俺は秋の伊賀を後にした。