自転車

斑鳩の空と、クアトロスープの奇跡 〜奈良ポケふた制覇サイクリング〜

見上げれば、鉛色の曇天。名阪国道を西へ進むにつれ、フロントガラスに白いものがちらつき始めた。
雪か?天気予報では「晴れ時々曇り」だったはずだが、奈良の空はご機嫌斜めらしい。
「おいおい、今日はしくじったか?」一瞬、心が折れそうになるが、ハンドルを握る手に力を込める。
ここまで来て引き返せるか。
九時半、天理駅近くの駐車場(エコロパーク天理駅前第1)に滑り込む。
さあ出発だ、と意気揚々と自転車に跨った瞬間、「おっとっと」と慌てて足を突く。
ここは料金前払い制だった。危うい。700円を支払い、レシートをダッシュボードに丁重に供えて、今度こそ出撃。

あいにくの空模様で、気温は五度以下。北風が容赦なくウェアを突き抜けてくる。
だが、俺には強い味方がいる。ルートを叩き込んだサイクルコンピューターだ。こいつの案内通り、まずは西へ、斑鳩(いかるが)の里を目指す。

太陽が顔をのぞかせると少し暖かくなるが、陰ると途端に極寒。
体を温めるためにがむしゃらにペダルを漕ぐが、汗をかきすぎると今度は汗冷えで死を見る。その手前、じわりと汗が滲む程度の絶妙なペースを維持する。これが冬のサイクリングの鉄則だ。

西進を続け、ついに斑鳩町へ突入。
法隆寺の南大門前に立つ。

この寒さのせいか、国宝の前だというのに観光客はまばらだ。店先に立つ「ソフトクリーム」の看板が、今はただただ寒々しい。

目的の「ポケふた」は、ここからJR法隆寺駅までの約一・五キロの間に点在している。
まずは法隆寺iセンター近くの駐車場で、一つ目のポケふた(伝説のポケモン・エンテイ!)を発見。

駐車場のトイレを借りて身支度を整え、再出発。
そこからは、連続してポケふたを見つけていった。

二つ目は、親子連れが楽しげに記念撮影している横でパチリ。ほのぼのした光景だ。

道を挟んで反対側に三つ目。



少し南下して四つ目。


そして最後は、JR法隆寺駅前。

あっという間に、奈良県のポケふた全五種を制覇してしまった。
なるほど、駅から法隆寺まで歩く観光客を楽しませる仕掛けというわけか。
ただ歩けば三十分はかかりそうな道のりだが、案内地図を見ていた家族連れは「タクシーで行こう」と即断していた。……まあ、この寒さなら無理もない。

ミッションを完了したら、次は「食」だ。
俺の脳内はすでに、予め調べておいたラーメン屋のことで一杯だった。時間も丁度いい。
踵を返し、南へ向かう。

途中、「ならサイクリングロード」の大きな看板を見かけた。大々的だなぁ。


整備された道はすこぶる走りやすい。
早咲きの桜がほころぶ公園をやり過ごし、目的の店に到着したのは十一時二十分ごろ。
道の端に相棒を停め、暖簾をくぐる。

店名は「麺屋 幻海(げんかい)」。
北葛城郡広陵町にある、知る人ぞ知る店だ。
店内にはすでに十人ほどの先客。お兄さん二人が戦場のような厨房を切り盛りしている。 カウンターへ案内され、俺は迷わず「鰹牛鶏豚骨うまみ醤油ラーメン(950円)」を注文した。

人手が足りないのか、結構待たされた。
二分、五分、十分……。
だが、俺は焦らない。この待つ時間こそが、最高のスパイスになることを知っているからだ。
二十分ほど待って、ようやく俺の前に「そいつ」が現れた。

まずはスープ。
……ほう、大きなレンゲだ。
ブレンダーで泡立てられたスープは、口当たりが驚くほどクリーミー。
まず鰹の強烈な風味がガツンときて、その直後、牛・鶏・豚骨の四重奏(クアトロスープ)による濃厚な旨味が押し寄せてくる。
「旨い……!」
思わず独り言が漏れる。待った甲斐があったというものだ。

続いて麺をすする。
しっかりとした弾力があり、噛み締めると小麦の旨味が鼻に抜ける。濃厚なスープに負けない、力強い麺だ。
夢中で食い進め、気づけばスープもほとんど飲み干していた。
いやー、ホント美味かった。凍えた体が、芯から蘇るようだ。

腹も満たされた。さぁ、帰ろう。
東へ向かう道のりは、太陽が出る時間が次第に増えてきた。
相棒(サイコン)が示す道は小道が多く、たまに「おいおい、ここ通れねぇよ」という畦道や、地元民しか知らないような路地に案内される。だが、それがいい。迷い込んだ先で復帰ルートを探すのも、旅の醍醐味だ。

庭先の梅の花がほころび始めている。春は、もうすぐそこだ。
最後は旧街道を北上する。
途中、大和坐大国魂神社(おおやまとにますおおくにたまじんじゃ)、通称「大和神社」が現れた。
戦艦大和ゆかりの古社だ。せっかくなのでお参りしていこう。
手水で身を清め、賽銭を入れ、鐘を鳴らす。二礼二拍手一礼。
健康に暮らせていることに感謝。清々しい気持ちになった。

さぁ、あと少し。
旧街道を北上するが、北風が真正面からの向かい風になり、ペダルが死ぬほど重い。


いつの間にか天理市内へ。
十三時過ぎ、無事駐車場に到着。

自転車を片付け、天理駅傍にある「patisserie HiSaSo(パティスリー ヒサソ)」へ立ち寄る。
グーグルマップを見て気になった店だ。お土産のクッキーを購入し、帰路についた。

寒かった。けど、最高に楽しかった。
斑鳩のポケふたと、広陵町のクアトロスープ。この二つを手に入れただけで、今日の旅は大勝利だ。

●走行データ
走行距離 38.09km
走行時間 2時間18分
獲得標高 158m